大慈寺
大慈寺は、天平9年 (737 年)に行基によって建立されたと伝えられ、学野薬師寺、
下野国片寺と並ぶ古い寺院です。また、「入唐求法巡礼行記《
を記した慈覚大師とは、ライシャワー元アメリカ大使が研究
したことで知られていますが、この寺からは、多くの高僧が生まれました。
弘仁8年 (817 年) 頃、当寺を訪ねた最澄(後の天台宗開祖)が、
建立したと言われる宝塔は、相輪?として享保 10 年 (1725 年)に再建され、
昭和 33 年 (1958 年) 指定の県文化財として現在に伝わって います。
岩舟町指定文化財(建造物)
慈覚大師堂 平成4年4月10日指定
棟札、勧化帳などの資料によると、慈覚大師堂は1845年 (弘化2年)の大火で消失しましたが
日光山輪王寺門跡の 御免勧化によって、下野と上野の二か国を行脚勧化して、
1853年(嘉永6年)に再建されました。
格天井の絵画・彫刻・組み方ともに当代を代表する建造物で、
特に格天井の絵はすばらしく、狩野派の絵師によるものと
思われます。 また、堂内には慈覚大師ご自刻の大師像が安置されています。
平成13年3月 岩舟町教育委員会
日本六処宝塔の一
天台宗祖 伝教大師最澄樣 宝塔への祈り
護国済人延寿安身
私たちの祈り
(相輪橖
参拝の仕方、地元伝承)
「世の中が平和でありますように《
「みなが幸せでありますように《
(塔を三周半、一周一唱、右回り、合掌)
*他人への祈りが、自分の苦しみを救います
開運の鐘
大黒石
承平二年(九三二) 壬辰年の正月、子年の甲子日のことでした。
小野寺の山里には、大黒石といふ縁起のいい石があります。
しかも、この日は、甲子の大黒様の縁日でした。
大黒様のご利益に預かろうとした秀郷公は、 この地に到着したのがまだ暗いうちでした。
そこで、夜が明けるのを待ってその石に腰を掛けました。
やがて年が明け、初日の出を拝み、念願叶い大黒様 と縁を結びました。
記
藤原朝臣秀郷公
下野国佐野唐沢城主
武蔵大紊言俵藤太鎮守府将軍
先祖=藤原鎌足公
子孫=小野寺禅師太郎道綱公
説明文
小野寺地区に存在する、慈覚大師円仁史跡保存事業の一環として、
今般七石の一つ。
大黒石保存改修に当り、その由来を明確に、調査し
得た歴史的史跡であります。今後参拝者の皆々様方が
この霊石に触れて、祈願し、大黒様の御利益を受けて下さい。 合掌
奉紊
一、大黒石改修保存整備
栃木市大塚町501*3
須 藤 豐
平成二十一己丑年卯月吉祥