蓮華院誕生寺

蓮華院誕生寺

 蓮華院誕生寺れんげいんたんじょうじ
南大門みなみだいもん
 当山の南大門は横幅20m、奥行き10m、 高さ15m、青森ヒバの総木造で、 匠社寺たくみしゃじ 建築社大浦敬規おおうらけいき 氏設計、田中重光棟梁施工 による、最も格式高い 入母屋造いりもやづくり二重門にじゅうもん です。その四方には、東西南北を 守護しゅごする 日本最大の四天王が祀られています。 江戸時代の 『肥後国誌ひごこくし』 には、南大門の扉を開閉する音が吉次山 (金峯山きんぽうざん) まで響いたと記され、いかに大きな門であったかが伺えます。また、 「同田貫どうだぬき」 の流れ を 刀匠松永源六郎清継とうしょうまつながげんろくろうきよつぐ 氏が、タタラ炉 により製造された 「玉鋼たまはがね」 を用いて鍛造たんぞうさ れた「和釘わくぎ」を 使用しています。なおとびらを 設けていないのは、 一切衆生いっさいしゅじょう仏門ぶつもんに入る 事をこばまない 仏の大義悲心だいじひしんを 表します。

蓮華院誕生寺
 四天王は釈尊しゃくそん帰依きえし、 その入滅後にゅうめつご仏法ぶっぽう守護しゅごし国を守るよう たくされた 天部てんぶの 仏様で、 東方・持国天じこくてん、 南方・増長天ぞうちょうてん、 西方・広目天こうもくてん、 北方・多聞天たもくてん の四仏です。日本では 聖徳太子しょうとくたいしに 始まり、古くから信仰されました。当方の四天王は京都の 今村九十九いまむらつくも 大仏師だいぶつしが、 鎌倉時代の 快慶かいけい作以来の 傑作けっさくと して世に顕現けんげん されました。 蓮華院創建そうけん 当時(鏡倉時代)の 蒙古モンゴル式の 甲冑かっちゅうを 身にまとい、 法螺貝ほらがいなどの チベット仏教の八吉祥はちきっしょう文様もんようが 装飾された、総高そうだか4メートル に達する日本最大の四天王です。
持国天じこくてん
ご真言 オン・デリタラ・シュタラ・ララハラバタナウンワカ
梵語ぼんご (サンスクリット)で「ドリュタラーシュトラ」、即ち「国を支える者」 の意味から「持国天」と呼ばれ、外敵から国を守ります。 東方を守護し、四神しじん蒼龍そうりゅう に相当し、顔や手足が青色で 彩色さいしきされて います。 左手の三叉戟さんさげき で外敵を砕き、右手の 独鈷杵どっこしょ で心の敵を打ち くだいて頂 く力強い仏様です。
 
蓮華院誕生寺
 増長天ぞうちょうてん
ご真言 オン・ビロダキャ・ヤキシャ・デハタエイソワカ
梵語ぼんご (サンスクリット)で「ヴィルーダカ」、即ち「成長する者」の 意味から「増長天」と呼ばれ、命を はぐく五穀豊穣ごこくほうじょう を司ります。南方を守護し、 四神しじん朱雀すざくに相当し、 顔や手足が赤色で 彩色さいしき されています。右手の 宝刀ほうとう煩悩ぼんのうを 断ち斬り、左手の 羂索けんさくで 縛り上げて仏法に引き 込んで頂く力強い仏様です。
 
蓮華院誕生寺
 広目天こうもくてん
ご真言 オン・ビロハキシャ・ナウギャ・ヂハタエイソワカ
梵語ぼんご (サンスクリット)で「ヴィルーパークシャ」、即ち「種々の眼をした者」の 意味から「広目天」と呼ばれ、広く苦しむ人々を見つめ、お救い下さる仏様です。 西方を守護し、四神しじん白虎びゃっこ に相当し、顔や手足が白色で 彩色さいしき されています。 右手に筆、左手に 経筒きょうづつ を持ち、表情は おだ やかですが心の内に強い 慈悲じひ の心を秘めた仏様です。 第69代横綱白鵬関に 心象しんしょう モデルを務めて頂きました。
 
蓮華院誕生寺
 多聞天たもんてん 
ご真言 オン・ベイシラ・マンダヤソワカ
梵語ぼんご (サンスクリット)で「ヴァイシュラヴァナ」、即ち 「あまねく聞く 所の者」の意味から「多聞天」と呼ばれ、人々の苦しむ声を聞き、多 くをお救い下さる仏様です。
北方を守護し、四神しじん玄武げんぶに 相当し、顔や手足が黒色で 彩色さいしきされて います。 右手に宝棒ほうぼう (如意宝棒にょいほうぼう とも言う)を持ち、意のままに財宝を生み出す と言われます。 左手には宝塔ほうとう を掲げています。戦勝の神 「毘沙門天びしゃもんてん」 として上杉謙信うえすぎけんしん を始め、多くの戦国武将の 崇敬すうけい を集めました。 第68代横綱朝青龍関に 心象しんしょう モデルを務めて頂きました。  (説明版より抜粋)
 
蓮華院誕生寺
 五重塔
 
蓮華院誕生寺
 本堂
 
蓮華院誕生寺
 多宝塔
 
蓮華院誕生寺
 玉名市指定 関白塔
重要有形文化財、附 浄光寺跡出土五輪塔地輪

       指定年月日 平成十九年三月一日
 この五輪塔は、浄土宗の開祖である 法然ほうねん上人の師、 皇円こうえん 上人の生誕地として、皇円上人の祖、関白蔭原道兼の 菩提をとむら うために造立されたものと伝承され、地元では 関白塔の名で親しまれている。以下、向かって右を東塔、 左を西塔とする。
 東塔は、高さ約二・五三メートルの巨大なもので、地 輪下に幅約一・一六メートル、高さ約二十センチメート ルの基礎石がある。西塔は、高さ約二・六八メートルあ り、東塔より若干高く、九州では最大の高さを誇る五輪 塔である。
 この関白塔には、規模が大きいにも関わらず、梵字等 は何も刻まれていない。このことは真言律宗総本山奈良 市西大寺さいたいじ叡尊塔えいそんとう に代表される特徴であり、真言律宗に おいては鎌倉時代後期から室町時代にかけて梵字を刻ま ない大型五輪塔が僧の墓塔として造立されている。
 関白は、真言律宗の玉名地域への 伝播でんぱ と、その後の発展および定着を示しており、中世における九州での仏 教受容のあり方とその背景を考えるうえで重要な文化財である。

平成二十一年二月
玉名市教育委員会
 
蓮華院誕生寺
 円門