日光東照宮

日光東照宮

 今回のお目当てである陽明門2018年に2年の修復を終えた 当時の輝かしい光は感じられませんが立派なきれいなもんを拝見した。

日光東照宮

 

日光東照宮
 重要文化財 神廐しんきゅう
屋根は前切妻、流造。妻の飾りと長押上の彫刻などの他は彩色が 施されていない境内唯一の素木造の建物である。内部右側は馬を 扱う役人のための詰所で畳敷き。長押上には子供を悪事から 遠ざけるべきことを教える「見ざる言わざる聞かざる」の三猿を はじめ猿の一生をもって人間の生涯を風刺した8面の彫刻が施されて いる。東照宮の初代神馬は家康公の関ヶ原の戦い時の乗馬 「立黒たちぐろ」で、 その後は代々将軍家より奉納された。

日光東照宮
 眠 猫
名工左甚五郎の作と伝わる。江戸時代には正式には将軍 社参の時にしか開かれなかった坂下門の前に位置し、家康 公の御墓所に続く奥社参道の入り口を護る。裏側に2羽の雀の 彫刻があるが、牡丹の花咲く下に日の光を浴びて子猫が安眠し 雀が戯れる様子から、強い者が弱い者を虐げることのない 共存共栄の平和な世の中を表現していると考えられる。

日光東照宮
 重要文化財 五重塔
慶安3年(1650)に若狭小浜藩主酒井忠勝侯が奉納した五重塔が 文化12年(1815)に火災により焼失し、文政元年(1818) に 子孫の忠進ただゆき侯により再建されたものが現在の五重塔である。高さ 35m。心柱は4層から鎖で吊り下げられ、下端は礎石から浮いて いる。木造建築の宿命である収縮により心柱が屋根を突き破る ことを防ぐために江戸時代後期に発明された工法であり、他に 地震や風による高層建築の振動を調整する機能も有する。

日光東照宮
 国宝 唐門
江戸時代の参拝基準となった門で、 ここより昇殿出来る者は御目見得おめみえ(将軍に 拝謁できる身分)以上の幕臣や大名に限られていた。小規模だが構造手法は 極めて斬新卓抜で、屋根は四方唐破風、門全体は 胡粉ごふん摺りで白く塗られ、柱や 扉は東南アジアから輸入した紫檀・ 黒檀こくたん鉄刀木たがやさんなどの寄木細工。 周囲の 台輪の上には古代中国の聖賢の故事を題材にした彫刻が飾られており、 いずれも一本の木のくり彫り。柱には唐木の寄木細工で昇龍・降龍の彫刻が あり、屋根には名工椎名兵庫作である鰭切れの龍(昼の守り)と恙つつがとも 呼ばれる唐獅子(夜の守り)が飾られている。

日光東照宮
 重要文化財 神輿舍しんよしゃ 
  屋根は入母屋造、上に千鳥破風をつけ、正面は軒唐破風で下に 虎の彫刻が施されている。3基の神輿が収められおり、中央が 徳川家康公、右側は豊臣秀吉公、左側は源頼朝卿の神輿。 春秋大祭で御旅所まで渡御するが、前後に千余人が供奉する ことから 百物揃千人武者行列ひゃくものぞろいせんにんむしゃぎょうれと称される。 内部の鏡天井の金箔地には狩野弥右衛門による天女舞楽の図が描かれている。 (神輿:みこし)