関宿
東海道・関宿
関は古代から交通の要衝であり、古代三関のひとつ「鈴鹿の関」が置かれていたところです。
関の名もこの鈴鹿の関に由来しています。
江戸時代には、東海道53次の江戸から数えて47番目の宿場町として、
参勤交代や伊勢参りの人々などでにぎわいました。現在、旧東海道の宿場町の
ほとんどが旧態をとどめない中にあって、唯一歴史的な街並みが残ることから、
昭和59年、国の重要伝統建造物群保存地区に選定されました。
関宿の範囲は、東西追分の間約1.8キロメートル、25ヘクタールに及び、
江戸時代から明治時代にかけて建てられた古い町家200件あまりが残っています。
関宿では、これら歴史的建造物の保存・修復につとめながら、新しいまちづくり取り組んでいます。
(パンフレットより)(Map-Code#213 347 849)
幕府の法度や掟書、宿場の決まりなどを掲示した高札場も残っている。
行ってみたら、こんなところ