山寺

山寺

 山寺の大イチョウ
昭和四十年三月五日指定
 史跡名勝(しせきめいしょう) 「山寺」の山内、山寺日枝(ひえ) 神社境内の南東隅にある イチョウの雄株です。根元の周りが約10m、地上1.5mの ところの幹周りが9.6mを 測ります。山形県内では、南陽市宮 内熊野神社の大イチョウ、 鶴岡市湯田川の乳(ちち) イチョウなどと肩を ならべるほどの巨木で、市内では最大のイチョウの木です。
 以前は、樹高およそ30mの主幹がありましたが、昭和四十七 年九月十七日未明の暴風によって、地上四mほどの上部で折損し、 樹冠の大半を失いました。その後、数十年の歳月を経て現在の ように樹勢は 挽回(ばんかい)し、 山寺一円の守護神である日枝神社のご神木として、歴史の年輪を刻み続けています。

              平成二十二年 七月  山形市教育委員会

セミ塚

  松尾芭蕉の おくのほそ道 の紀行文に、 山形領に立石寺といふ山寺あり。 慈覚大師(じかくたいし) の開基にして、殊(こと)に 清閑の地なり。 一見すべきよし、人々の勧むるによりて、尾 花沢よりとって返し、その間七里ばかり なり。日いまだ暮れず。麓の坊に宿借り置 きて、山上の堂に登る。岩に 厳(いわお)を重ねて山 とし、松柏年旧(しょうはくとしふ)り、 土石老(お)いて 苔滑(こけなめ)らかに、 岩上(がんじょう)の 院々扉(とびら)を 閉ぢて物の音聞こえず。 岸を巡り、岩を這(は)ひて、 仏閣(ぶっかく)を拝し、 佳景(かけい) 寂莫(じゃくまく)として 心澄みゆくのみおぼゆ。

閑(しづ)かさや岩にしみ入る 蝉(せみ)の声

 芭蕉翁(ばしょうおう)の 旬(く)をしたためた 短冊(たんざく)をこの地 に埋(う)めて、 石の塚(つか)をたてたもので、 せみ塚(づか)といわれている。  ※立石寺は、りっしゃくじと呼ぶ。

山寺

 修行の岩場

正面の岩に巌(いわお)をかさねた 岩場(いわば)は、 釈迦ヶ峰(しゃかがみね)といい、 危険な岩場を通って、 お釈迦(しゃか)さまの みもとにいたる行場(ぎょうば)で、 出世や欲望のための修行者が、岩場か ら転落死したことも多かったと伝えら れており、今では修行者以外の登山を 禁じている。

   みちのくの仏の山のこごしこごし
      岩秀に立ちて汗ふきにけり

               斎藤茂吉

山寺

  立石寺(りっしゃくじ)を 開いた慈覚大師(じかくだいし)の お堂で、 大師(だいし)の 木造の尊像(そんぞう)が 安置されており、 山内の僧侶が朝夕、食飯(じきはん)と 香を供え てお勤めをしている。江戸時代末期 の再建である。
 向って左、岩の上の赤い小さな堂 は、写経(しゃきょう)を納める 納経堂(のうきょうどう)で、山内で 最も古い建物である。県指定文化財 で、昭和六十二年に解体修理がおこ なわれた。その真下に、慈覚大師(じかくだいし) が眠る入定窟(にゅうじょうくつ)がある。
 頭上の建物は五大堂(ごだいどう)といい、 五大明王(ごだいみょうおう) を祀って天下泰平を祈る道場で、 山寺随一の展望台でもある。

山寺

 五大堂からの眺望